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日光東照宮
さて、数カ月空きましたが日光東照宮。
敢えて拙い説明を足す必要があるとは思えないほど有名な建造物ですので適当に。
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神社の内、「宮」と付くものには3種類しかありません。
たまに東照宮をお寺だと思ってる方がおりますが、宮がつくのは全て神社です。

最も有名なのが伊勢神宮をはじめとする神宮。平安神宮、近江神宮、鹿島神宮等、ご祭神は天皇です。単に「神宮」と言うと伊勢神宮のことを差します。
(尚、八幡宮もトップは宇佐神宮であり、ご祭神は応神天皇ですので、この中に入れれば3種類です)
もう一つが天満宮。菅原道真公をご祭神とする神社です。
そしてこの東照宮。東照大権現(家康公を神格化した呼び方)をご祭神とする神社を差します。
日光以外にも久能山東照宮、上野東照宮等がありますよ。
天満宮が道真公の祟りを恐れた朝廷によって祀られた、所謂怨霊信仰に由来する性格であるのに対し、
東照宮は天海僧正の強い推挙により朝廷に認めさせた名前だと言われています。
「大社」「神社」よりも「宮」の方が重要な意味を持つだけに、天海僧正の政治力(発言力)の
強さを感じる名前です。
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てなわけで、日光東照宮。
けばけばしいイメージがありましたが、実際見てみると派手さの中に品を感じる趣でした。
ベースが黒だからか、イメージが悪い方に固まり過ぎていたからか。
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ここから鳥居を通して、陽明門・唐門・拝殿・本殿が一直線に並びます。
人が多くて見えにくいけど、唐門見えるかな?
拝殿は見学出来ます。
見学後ぼーっと唐門を眺めていると、唐門の外から参拝客が手を合わせてくれるので神様気分が味わえるよ!
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一応有名なもんも。裏には雀が彫ってあります。
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葵の葉。徳川家の家紋で有名ですが、上賀茂・下鴨神社の神紋としての方が古く、由緒があります。
家康は自分の家紋を三つ葉葵に定めた際、他家の人間が葵をモチーフにした家紋を使うことを禁じました。
が、重臣の一人・本多忠勝は、本多家の立葵の家紋は賀茂神社に由来するものだから絶対に嫌、と食って掛かり、利用を認められたと言います。

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広い敷地内のあちこちに咲いていたこの花、何でしょうか?
どっかのおじさんが「ああ、コケの花だ」と言ってましたが、コケ類に花が咲くか!中学校からやり直し!
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by yappu425 | 2012-07-28 23:03 | 関東
ただいま思索中  姫路城ラスト
今回は工事を離れ、雑多なことでも。
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工事中の現在、従来とは順路が逆になっています(一部通行不可もあり)。
普段なら最後に見るお菊井戸に初っ端に出会うのでぎょっとしました。
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姫路城といえばお菊井戸。
播磨地方ではあの有名な怪談は「播州皿屋敷」といい、
お菊さんはこの井戸に住んでらっしゃったと言われています。
数年前、関東では「番町皿屋敷」といい、江戸での伝承話だと聞いて吃驚しました。
貴方の地域ではいかがでしょうか?
なんとなく井戸は異世界に通じていそう(ドラクエも犬夜叉も古くは小野篁も)なので、
井戸を行き来して江戸と播磨両方に出たんじゃないかという気がするのは私だけでしょうか。

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扇の勾配と呼ばれる石垣。
熊本城の武者返しに比べ、狭いところにあります。写真撮りにくい。
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雑兵の気分になって眺めてみる。
見上げると壁際に隙間があります。
ここを石落しと言い、中の兵士がここから石だのお湯だの降らせてきます。
真田は糊状にした熱々のおかゆをぶっかけたとか。恐ろしい発想。
どこのお城だったか、敵に上らせまいと石垣に筍の皮を敷き詰めたそうな。確かにつるつるします。
敵はそこに火をかけ、お城は炎上したそうな。確かによく燃えます。
姫路城の美しい姿が今でも見られるのは、一度も敵に攻め込まれたことがないからこそです。
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瓦(に埋め込まれた家紋)が好きなので、目にするたびについ撮ってしまう。
池田氏の揚羽蝶は不気味です。
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今まで一度も見つけられなかった本多葵を発見!
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酒井の剣片喰(けんかたばみ)に秀吉の桐、榊原の源氏車、池田の揚羽。
ちょうちょは上のものと向きが違っていて、こっちの方が古そうに見えます。


今回お城をぶらぶらしながら考えていたのですが、葵の門から内側(今風にいうなら有料エリア)に
常時住んでいる人はどの位いたのでしょうか?
戦国時代と江戸時代では当然変わるでしょうが、とりわけ戦国時代。
殿様は天守閣の中にずっと住んでいたんでしょうか。
天守閣って大きい大きいと言うけれど、居住空間だと考えれば結構狭いよね?
あとあの急な階段。
武具を着てなくても昇降するのってかなり大変だったと思うんですが、
太平の世になってもう少し傾斜の緩い階段にしようぜ、という発想は出なかったんでしょうか。
改築は幕府の許可がいるから面倒だったんでしょうか。
申請したら平和ボケしてる発想だと幕府に怒られたんでしょうか。
もう一つ、よく戦評定したり出陣前に鬨の声を上げてる間はどこなんでしょうか。
ずっと遺構(文化遺産)としてしかお城を見てなかったのですが、
生活の場だと思って見てみると分からないことだらけです。
いつもと違う発想してみるって大事だね!

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なんとなく子どもが親にしがみついてるように見えて可愛い子天守。もとい小天守。

というわけで、姫路城編、これにて終了!

※追記※
お城博士・うじょう先生からご指摘もらいました。天守閣は居住空間じゃなかったんですって!
結局立て籠もる場でもなく、住む場でもなく、権威の象徴だったそうな。
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by yappu425 | 2012-03-02 21:14 | 兵庫
ただいまお化粧中  姫路城その2
続き。
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こちらは7階の壁部分。瓦が葺かれる前の屋根も見られてなかなか興味深い姿。
最後にお城を見たときは、黄砂の影響もあって白鷺というよりは亜麻鷺のような薄汚れた姿になっていたので
美しく漆喰のお化粧をしてもらえるのがとても楽しみです。
・・・「お化粧」ってより「整形手術」と言った方が正しそうな工事だけど。

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壁部分。土壁も剥がされています。小舞(こまい)かきと言うんですって。
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千鳥破風(富士山型の部分)の中身?はこんなふうになってます。この上に漆喰が塗られますよ。

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壁部分はガイドの方がおらず話が聞けませんでしたが、昭和の大修理以前は、内壁・外壁両方とも
漆喰の厚みは2~3mmだったとか。そんなに薄かったというのに驚きです。
今回は4~5層部分は土壁も取り除き、下地から徹底的に修理する模様ですが、
漆喰の原料(石灰、海草糊、麻など)が僅少なため調達に苦労しているそうです。
美しい姿に蘇った時には、壁の白さを取り戻すのも大変だったんだなあと眺めに来て下さいね!

工事は一応平成26年終了予定です。
ガイドのおじさんからは出来れば是非2度足を運んでください、と言われました。
1度は修理期間中に、もう1度は、これまた大変貴重な機会ですが、
お城完成後~天空の白鷺(この見学ホールのある建物)解体までの期間に。
修理の現場を見るのも勿論貴重ですが、完成したばかりの天守閣の最上階を真正面から
見る機会もまずないと思います。絶対行く!

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見学ホールからは姫路市街を一望できます。私はこの西の丸を臨む眺めが好きです。
天守閣から見るよりも、視界が広がる今の方が西の丸全容が見やすいですね。
右の方に見える建物を化粧櫓といい、千姫が過ごした間として知られています。

2代将軍・徳川秀忠とお江の娘である千姫は、豊臣秀頼の正妻として大阪城で暮らしましたが、
大阪の陣の折に救出されたと言われています。
その後徳川四天王・本多忠勝の孫、本多忠刻と再婚し、
本多家(当主は忠刻の父・忠政)が播磨国に移封になった際に姫路城に移り住みました。
化粧櫓には千姫が侍女と貝合わせ(かるただっけ?)に興じる姿を模した人形が飾ってあります。

逆に西の丸から天守閣を眺めるのも大変美しいよ。
(前回の工事前の写真が西の丸付近から撮ったものです)
暴れん坊将軍をはじめ、様々な時代劇に登場するときは大抵西の丸方面からの構図です。
(そして大抵キャプションは「江戸城」です。江戸に天守閣あったのなんか5代までやのに)

綺麗だったころの写真やお城の話はこちらをご覧ください

せっかくなので、もう1回続く。
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by yappu425 | 2012-02-27 20:46 | 兵庫
ただいま修理中  姫路城その1
さて、姫路城。
お城は平成の大修理真っ只中です。
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今の外観はこんな感じ。すっぽりと工事用のシートに覆われています。
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こんな姿だったのが
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すっかり覆われちゃいました。(ちょっと撮影位置が違いますが)

お城を取り囲むように組まれた足場の南側(1枚目写真のお城の絵が描いてある部分)に
8階建ての簡易ビルが作られており、この7・8階から修理の様子を見学することが出来ます。
他の階は資材の搬入や職人さんの出入りに使われている模様。
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前回訪れたときは「ここからの眺めが一番迫力があります」と言われたのですが、別の意味で迫力。
大天守の手前に見える西小天守は包まれていません。「大天守の修理」なのでここは修理しないのかな?

正直な所、「一生に一度は姫路城を見てみたいです」と仰る遠路の方には
完成後の美しい姿を見て頂きたいですが、ほどほどの距離の方には是非この修理期間にも
足を運んでほしいと思います。
だってこんな文化遺産の解体工事の様子を間近で見られるのなんて、
貴方の生涯で恐らく最後の機会ですよ!

入場は基本的に予約制ですが、予約状況によっては当日申込みも可能です。
ただし予約者優先のため、待ち時間は長めになる模様。
事前予約は5日前までにwebから申し込みます。
1時間単位で希望時刻を選ぶ形になっていますが、時間は目安なのでいつ行っても構わないとか。
冬の間は結構空いているので、春休みまでの今がお勧め時期だと思います。
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エレベーターの搬送能力が低いため、1階でしばらく待つことになります。
私達が訪れた日は、11時頃で20分ほど待ちました。
昭和の修理の様子などがまとめられたビデオ放送を見ながら待つ人達は皆わくわく顔。

たくさんの人が上がって来れないお蔭で、見学フロアは比較的空いています。
天守閣の屋根部分を8階から、最上層の壁や破風部分を7階から、ゆっくりじっくり見ることが出来ますよ。
平日なら働く職人さんの姿を見ることも可能だとか。さすがに日曜日はお休みでした。残念。
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見学フロアには屋根&壁の模型が置かれ、どのような構造になっているのか説明が書かれています。
一生懸命見ているとボランティア?のおじさんが解説してくれました。

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瓦部分。総数6万余枚ですって。
使えるものは再利用し、割れたものや今後の使用に耐えないもの4000枚ほどは新品に取り換えたそうです。
平瓦と丸瓦が分かれている瓦ってちゃんと見たの初めて。
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確かに古い瓦の姿が。
現在の姿を築いた池田輝政の揚羽蝶、羽柴秀吉の桐の家紋が見えます。
従来の葺き方では、平瓦は粘土を盛った部分に針金で固定されます。
が、年数を経ると粘土部分の厚みにむらが出来るため、瓦の並びが不均等になってしまいます。
そこに台風など、強い風雨の衝撃がかかることで瓦が割れてしまうのだそうな。
今回の工事では、粘土の両脇に杉材の補強を入れ、瓦を杉*2・粘土の計3点で固定することにより、
粘土部分の凹みによる影響を軽減させるそうですよ。

既に平部は葺き終っており、後は棟部(てっぺん)、袖部(はしっこ)、鯱などを残すのみとなっていました。

次回へ続く。

※このシリーズでは細部までお見せしたいので、クリックすると大きな画像になるように設定しています。
 興味のある方はアップでご覧くださいね!
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by yappu425 | 2012-02-24 21:29 | 兵庫
彦根城つづき
ひこにゃんだけ紹介してすっかり放置していた彦根城、続きです。

京都方面から大垣~岐阜へ抜けるルートを採るとよく分かりますが、関ヶ原からほど近くに位置する彦根。
関ヶ原と言えば天下分け目の合戦が有名ですが、はるか昔は壬申の乱もこの地で起こりました。
秀吉が石田三成を配し、家康が井伊直政を配したのも理解出来る要衝の地です。
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井伊直政の像。
非常に苛烈で厳しい性格が伺えるいい表情。

彦根城。この下でひこにゃんがパフォーマンスします。
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以前訪れたときは「ちゃちいお城だなー」と酷いこと思った覚えがあるんですが、
改めて行ってみるとなかなか味のある、さすが国宝と思うお城でした。
多分小さくて、見る場所によっては書割みたいに見えるからだ、きっと。
私にとってお城の基準は姫路城なので、どこに行ってもちゃちく見えるのが厳しいな。
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堀切から天秤櫓(右の入口みたいなとこ)を臨む。橋を渡った先に天守があります。
有事の際はこの橋を壊してしまうと聞いたことがありますが、
自分達はどこから出入りするのかな?もう出入りしないのかな?

ちょうど橋の左右で石の積み方が異なります。分かるかな?
右が築城当時からの牛蒡積、左は幕末に修理された落し積みという手法らしいですよ。
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牛蒡積アップ。

お隣(なんていう場所か忘れた)で素敵な展示をやってました。
関ヶ原参戦武将の甲冑(レプリカですが)がずらり。
写真の上下で東西に分けてないのが私クオリティです。
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上の段から左・島津義弘、右・徳川家康、下は左・大谷吉継、右・井伊直政。
家康は全身黒に金のシダの葉の前立てで非常におしゃれ。直政はご存じ・赤備えです。
義弘はこれぞ武将という雰囲気で、非常に強そう。
大谷吉継はご存じ頭巾姿。彼が病に侵されていなかったら・・・などと考えるのは楽しいです。
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上の段左・立花宗茂、右・藤堂高虎の大好き武将2人。
下は上杉景勝、右は徳川四天王の榊原康政、本多忠勝、井伊直政、そして家康。酒井はおらず。
宗茂公は少年漫画のヒーローのような、まっすぐなカッコよさが好きです。
ご尊父の死に様も美しい。ああ壮烈岩屋城。
藤堂高虎は「出世の白餅」の逸話も良いですが(旗指物は「白餅」です)
聚楽第に家康の居城を建てるように命令されたとき、中途半端な仕事をしたくなかったがため、
私財を注ぎ込んだという話が好きです。
彼は2mあったらしいですが、そうでなかったらこんな邪魔な兎の耳は周りに迷惑だと思う。

そして石田三成は・・・・
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怖いよーー!
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by yappu425 | 2011-12-29 15:48 | 滋賀
しーろい おかおの ひこにゃんにゃん♪
皆様励ましの言葉ありがとうございました。
HDDのことは一旦忘れます。たぶん大丈夫大丈夫。
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さてさて、気を取り直して今回は彦根城のご紹介・・と思ったんですが、先にひこにゃんを載せます^^
タイトルは「ひこにゃん音頭」の一節。頭から離れないメロディです。。

全国ゆるキャラの先駆け、ひこにゃんに会いに行ってきました。
いやー、びっくりした。
ちゃんと「今日の登場スケジュール」ってのが貼ってあるんですよ。
時間前になると100人以上のファンが「ひこにゃんの舞台スペース」を取り囲み、
ひこにゃんが出てくると、まるで芸能記者会見みたいにカメラを高く掲げてパシャパシャ写真撮ってました。
人気が高すぎて、「一緒に写真を撮る」みたいなことは出来ないんですって!
ひこにゃんが一人で色んなことをするのを、皆にこにこ見守る・・という不思議な30分でした。
出来るだけ観客をカットしたので、変なトリミングが多くなりましたがご容赦下さい。
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風車みたいなのを振るひこにゃん。
後ろには愛用のバッグ(「もち」というのはスタッフが名付けたひこにゃんの別名なんですって)。
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勢いよく振りすぎて風車がすっぽ抜け、焦るひこにゃん。
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お兄さんに直してもらう間恥ずかしがるひこにゃん。
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イベント最後はきちんとおじぎするひこにゃん。
あまり曲がらないのは頭が大きすぎるせいか。
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名残惜しげに扉に挟まるひこにゃん。
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またね!
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by yappu425 | 2011-11-23 20:10 | 滋賀
立石寺 最上義光公霊屋
立石寺は清和天皇の勅願により860年に建立されました。
最上氏は清和源氏の血筋、当然このお寺を大切にしています。
現在の根元中堂は1356年に最上家初代の斯波兼頼が再建したものです。
(写真撮り忘れた)
義光公も領主となった1570年に「謹言上」と題した誓約書を立石寺に宛てて送っています。
いわく「立石寺一山内に天台宗以外の宗派が居住することはあってはならないと考えます。
その上、何事も威徳院の住職と私が相談して調えること相違ありません。
よってこの通り書状を差し上げます」

生涯にわたって領内に寺社を多数建立し、多くの石高を寄進した義光公が、
立石寺の庇護は自分の名に懸けて行い通すと宣言した文章で、現在も立石寺に残っています。
※でも別に宗派は天台宗って訳ではなかったらしい。
 本人の菩提寺は曹洞宗だし、奥さんと娘の菩提寺は一向宗。
 「別に宗派は気にしない」と言ってた、と何かで読んだんだけど思い出せない。残念。

そんな義光公の霊屋(おたまや、と読みます)が立石寺内にあります。
霊屋とは葬儀を執り行うまでの間、ご遺体を安置しておく場所で、菩提寺と同等の扱いを受けるとか。
ちなみに仙台の甥っ子・伊達政宗の霊屋はこんな感じ。本当に水平取るの苦手ですいません。
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山全体が聖域として保存されている上、付近の住所は「霊屋」でびっくりしました。


対して義光公の霊屋は・・
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しょぼーん
「見逃すほど目立たない」「昔は物置にされていた」「扱いがひどい」と事前情報を得ていたので
見つけられたけど、そうでなければ気が付かなかったと思う。
政宗の様に派手にしろっていう気はないし、それは雰囲気にそぐわないと思うんだけど、
なんかもう少し「大切にされている」感を出してくれてもいいんじゃないの?
これでも有志による嘆願等で整備されたらしい。
正直、泣けました。
萩の花が咲いていてくれてよかった。本当に良かった。

立石寺、嫌い。

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上から見下ろした図。工事中の建物が中性院。この資材をどうやって運んだのか凄い。
霊屋はその向かい、お墓の奥です。
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by yappu425 | 2011-10-24 17:51 | 東北
奥羽の虎将
今回の旅の目的は「東北で無駄遣い」と「最上義光公の足跡を訪ねる」でした。
最上義光って誰?という方も多いと思うのでご紹介。
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最上義光(もがみよしあき)公は出羽ノ国(山形)最上氏11代、山形藩初代当主です。
妹の義姫が伊達政宗の母ちゃんです。
足利に連なる由緒ある家柄なものの、東北の小国の一つに過ぎなかった最上氏は
彼の代で57万石にまで成りました。
・・と書くと苛烈なイメージになりますが、義光公の逸話を読んでいると、
無駄な殺戮や土地を荒らして領民に負担をかけるやり方を出来るだけ避けていたと思われます。

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by yappu425 | 2011-10-17 16:37 | 東北
青葉城址
また間があいちゃった。仙台続き。

伊達藩といえば仙台・青葉城址にも行ってきました。
政宗は本当はつつじが岡(現在の榴岡公園)にお城を築きたかったそうな。
とはいえ既に徳川の世、幕府の許しなしには城普請は出来ない時代になったため、お伺いが必要です。
何せ色々悪巧みしっぱなしの人なので、希望が聞いてもらえるとは考えにくい。
そこで「第一希望・青葉山、第二希望・つつじが岡」と提出したところ、
すんなり第一希望が通ってしまったとか。
考えが読まれたんだろうか。

せっかくの政宗自慢のお城も、地震や明治政府の意向、第二次世界大戦の空襲を受けて
江戸時代の遺構は全てなくなってしまいましたが、在りし日の姿を想像しつつ上るお城というのも
悪くない気がしました。

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月と政宗。
ちなみに、「荒城の月」の歌詞のモデルはここ、青葉城址です。
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脇櫓。震災で倒壊したとのこと。
石垣も一部崩壊したとのことで、車は通行不可の場所がありました。

政宗像は本丸の跡地に立っており、そこからは仙台市が一望できます。海も見えるよ。
敷地内には靖国神社や青葉城資料館がありますが、時間が遅かったため入館できず残念。
ちなみに仙台市博物館にある政宗の兜は、あのダースベイダーの兜のモデルになってるんだよ。

おまけ:
広瀬川から見た夕焼け(?)。こんなに空に放射線が入ってるの、初めて見た。
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by yappu425 | 2011-10-05 00:04 | 東北
松島・瑞巌寺へ
みちのく編、今回は伊達&最上ゆかりの地を訪れる旅です。
まずは松島の瑞巌寺(ずいがんじ)へ。

松島はご存じ日本三景の一つ、「松島や ああ松島や 松島や」の句で知られますが、
菩提寺・瑞巌寺のある伊達家ゆかりの地でもあります。

さぞや津波で被害を受けたと思いきや、すでに松島はほぼ平常運転。
町のあちこちに「前進松島」と力強く筆書きされたポスターが貼ってあったのと、
カキのお店が軒並み閉店していたことを除けば、こちらも震災の爪痕を全く感じさせませんでした。
本土部分の松もほぼ無事、藤は実をつけていたので普通に開花したと思われます。
遊覧船も普通に運行してました。
乗らずじまいだったので分かりませんが、ひょっとしたら島の沖側はそれなりに被害があったのかな。
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松島の感想は、・・・・瀬戸内海の方がきれい・・
高台から海を臨めばそりゃあもう美しい景色だったろうとは思うんですが、
残念ながらそういうスポットに行けなかったので、「あれ?赤穂御崎の方がきれいやないか」と思ってしまった。
瀬戸内の海って美しい!としみじみ思いたい方はhirokazuさんのブログへGO!

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by yappu425 | 2011-09-15 00:00 | 東北