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Twilight Flight
もし関西方面に飛行機でお越しになる機会があれば、ぜひ夜着の伊丹便をご利用下さい。
そして必ず事前座席指定で、羽を避けて座席番号「A」をお選び下さい。
素晴らしい大阪の夜景が堪能できます。
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郊外に空港が移設される中、大都市のほぼ真上を着陸態勢で飛ぶ伊丹は世界でも珍しい空港となりました。
都市の真ん中に位置する空港の離発着は高い技術を要するため、
配属されるパイロットは皆熟練者だと聞いたことがあります。
急激に高度を上げる出発便も楽しいですが、やはりおすすめは夜景の中を着陸する到着便です。

空港到着まであと20分ほどになった頃、生駒山地を越えると、
着陸態勢に入った旨のアナウンスが流れます。
眼下には光の絨毯を広げたような景色が広がり始めます。
格子状に規則正しく並んだ光の中に、斜め掛けにしたネックレスのように見えるのが自動車道でしょうか。

不意にこれらの光が平面に広がった粒粒ではなく、高さを持った箱だとわかる瞬間が来ます。
この辺りから一軒家よりもマンションが目立つようになり、だんだんと色もオレンジだけだったのが
緑や赤や、色とりどりの光が見えるようになります。

徐々に高度が下がり、いよいよ大阪中心部に差し掛かります。
ひときわ高く明るいビル群が遠めに見えたら、注意してその手前をご覧下さい。
ライトアップされた大阪城がはっきりわかると思います。
奥の高層ビル群が梅田(大阪キタ)です。
キタのビル群が見えなくなると、幅広の真っ暗な帯を通り過ぎます。これが淀川です。
8月の第一土曜に飛行機に乗る機会があるなら、伊丹空港到着8時過ぎ~9時の便を選べば
淀川花火大会の模様も同時に楽しむことができます(私が見てみたい!)。
この川を越えたあたりで機体から足が出るのがわかるでしょう。
空港着陸まであと3分ほどです。

電子機器類の利用を禁じられてなければカメラを出したくなること請け合いですが、
あのスピードで満足いく撮影が出来るとは思えないので諦めましょう。
挑戦したい!という方、手巻きのフィルムカメラなら大丈夫なので挑戦してみてください。

尚、年に数日ですが風向きにより滑走路の利用方向が変わる日があります。
これに当たった場合は残念ながら大阪上空を低高度では飛びません。
逆に珍しい日に当たったと思ってください。
普段は必ず大阪都市部を左手に見ながら低空飛行しますので、必ず進行方向左手(座席番号A)を選んでくださいね!
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・・などと本文を書きながら、写真は右の窓際しか取れなかった時のもの。
1枚目は我が家から。もうすぐマンションが建ってこの景色が見られなくなるので、記念に。
よく見たら空に飛行機がいますので探してみてね!
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by yappu425 | 2011-10-31 16:59 | 大阪
オペレーション・アリガトウ
長らく続けた東北編も今回で終了にしようと思います。
ラストは空港関連のお話でも。
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※奥に見えるのが松林(海岸沿い)です。ほぼ立ち枯れた状態。
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※臨時バスの車窓より。

往復とも仙台空港を利用した今回の旅でしたが、
それが出来たのも米軍・自衛隊・空港関係者の懸命の努力のおかげです。

完全に水没し、関係者をして「もう利用は無理なんじゃないか」と言わしめた仙台空港を
ほんの数日で救援物資搬入の拠点として利用可能な状態に整備し、
1か月後には暫定ながら国内線運行再開にまでこぎつけた彼らの活躍は、
TVニュースでも復興の象徴として取り上げられたと聞きました。
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※津波到達水位を記した柱。
 周りにはあちこちから寄せられた励まし&決意表明のメッセージが置かれていました。

ここではネットの中で話題となった、「ARIGATO」にまつわるお話を紹介したいと思います。
「トモダチ作戦」と名付けられた任務にあたった米軍特殊部隊の司令官が、
浜辺に木材で描かれた「ARIGATO」の文字を発見し感激したというニュースが米国で報じられ、
話題となりました。
私も早い時期にこのニュースを目にしました。そのときは「いい話だなあ」位にしか思わなかったのですが、
「ARIGATO」の作者がどんな経緯で、どんな思いで、どんな工夫をして、どんな苦労をして
この文字を描いたかが紹介されているサイトがありました。
オペレーション・アリガトウ
なんというか、男気に溢れるというのはこういうことでしょうか。是非ご一読ください。
※感動しやすい人は周りに気を付けて読んだ方がいいです。

震災関連では、クロネコヤマトさんの支援活動も素晴らしい話でした。
まだ読んでない方は是非一度目を通してみてください。
ほぼ日刊イトイ新聞 クロネコヤマトのDNA

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空港再開のおかげで素晴らしい景色を堪能できたよ!
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by yappu425 | 2011-10-28 17:50 | 東北
立石寺 最上義光公霊屋
立石寺は清和天皇の勅願により860年に建立されました。
最上氏は清和源氏の血筋、当然このお寺を大切にしています。
現在の根元中堂は1356年に最上家初代の斯波兼頼が再建したものです。
(写真撮り忘れた)
義光公も領主となった1570年に「謹言上」と題した誓約書を立石寺に宛てて送っています。
いわく「立石寺一山内に天台宗以外の宗派が居住することはあってはならないと考えます。
その上、何事も威徳院の住職と私が相談して調えること相違ありません。
よってこの通り書状を差し上げます」

生涯にわたって領内に寺社を多数建立し、多くの石高を寄進した義光公が、
立石寺の庇護は自分の名に懸けて行い通すと宣言した文章で、現在も立石寺に残っています。
※でも別に宗派は天台宗って訳ではなかったらしい。
 本人の菩提寺は曹洞宗だし、奥さんと娘の菩提寺は一向宗。
 「別に宗派は気にしない」と言ってた、と何かで読んだんだけど思い出せない。残念。

そんな義光公の霊屋(おたまや、と読みます)が立石寺内にあります。
霊屋とは葬儀を執り行うまでの間、ご遺体を安置しておく場所で、菩提寺と同等の扱いを受けるとか。
ちなみに仙台の甥っ子・伊達政宗の霊屋はこんな感じ。本当に水平取るの苦手ですいません。
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山全体が聖域として保存されている上、付近の住所は「霊屋」でびっくりしました。


対して義光公の霊屋は・・
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しょぼーん
「見逃すほど目立たない」「昔は物置にされていた」「扱いがひどい」と事前情報を得ていたので
見つけられたけど、そうでなければ気が付かなかったと思う。
政宗の様に派手にしろっていう気はないし、それは雰囲気にそぐわないと思うんだけど、
なんかもう少し「大切にされている」感を出してくれてもいいんじゃないの?
これでも有志による嘆願等で整備されたらしい。
正直、泣けました。
萩の花が咲いていてくれてよかった。本当に良かった。

立石寺、嫌い。

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上から見下ろした図。工事中の建物が中性院。この資材をどうやって運んだのか凄い。
霊屋はその向かい、お墓の奥です。
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by yappu425 | 2011-10-24 17:51 | 東北
立石寺
前回の義光公の記事にたくさんコメント頂きありがとうございます。猛烈に嬉しいよ!!

山形を代表するお寺、立石寺にも行って参りました。
松尾芭蕉の「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」の句が詠まれた寺です。

戦国時代的な説明を加えるならこんな逸話を。
比叡山延暦寺と泥沼の争いを続けた織田信長、ついに比叡山焼き討ちに出ます。
驚いた僧侶(もっともこの時代の延暦寺の僧は「僧兵」という戦う坊主です)は逃げ出しますが、
このときにお寺の中で最も大切な「不滅の法灯」を消してしまいます。
不滅の法灯とは、最澄上人が比叡山建立時に灯し、以来一度も消されることなく守られていた灯明のことです。
(これが「油断大敵」の語源です)
で、当然「じゃあ再点火」というわけにはいかず、はるか山形・立石寺に分灯してあった火を貰い受けたとか。

立石寺と最上氏の関係は次回にでも。

さて、立石寺は別名を「山寺」というだけあって、麓の根元中堂から奥ノ院まで1015段を登ります。
JR山寺駅を降りて土産物街を歩いていると、「奥ノ院まで往復には2時間かかります」の看板が。
覚悟を決めて・・の前にお食事。東北はお蕎麦が美味しいところが多いです。
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電車で訪れる方、駅にコインロッカーもありますが、
大抵のご飯処では荷物を預かってくれますので尋ねてみてください。
震災ではこの辺りは震度5強くらいだったとか。お寺はびくともしなかったそうです。

さて、びびりつつも参拝開始。
芭蕉と曽良の銅像を横目に見つつ、山門をくぐって奥ノ院を目指します。
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くねくねと曲がりながら、たくさんの碑や仏像が立ち並ぶ杉木立を登るのは意外に疲れませんでした。
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弥陀洞から仁王門を臨むショット。
下山中、死にそうな顔をしたおじさんに「あとまだまだありますか?」と
仁王門あたりで聞かれて「もうすぐそこですよ」と答えてしまったけど、地図見てたら嘘だな。半分だ。

仁王門を過ぎると見晴しが良くなります。塔頭寺院がいくつか立ち並び、開けた感じ。
ちょうどそのうちの一つ・中性院が修理中でした。
こんなところまでどうやって建材なり重機なり運ぶんだろう。
ちなみにこの参道、一番細い場所は幅約14cmです。
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奥ノ院よりも有名?なのが開山堂と五大堂。
開山の租、慈覚大師のお堂ですが当然立ち入り禁止。五大堂は展望台のようになっており、
素晴らしい眺めを堪能できます。
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五大堂からの眺め。山間に田んぼと家が続く光景はまさに日本のふるさとといった佇まいで、心和みました。
今日も義光公のご加護で良いお天気!
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by yappu425 | 2011-10-19 22:09 | 東北
奥羽の虎将
今回の旅の目的は「東北で無駄遣い」と「最上義光公の足跡を訪ねる」でした。
最上義光って誰?という方も多いと思うのでご紹介。
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最上義光(もがみよしあき)公は出羽ノ国(山形)最上氏11代、山形藩初代当主です。
妹の義姫が伊達政宗の母ちゃんです。
足利に連なる由緒ある家柄なものの、東北の小国の一つに過ぎなかった最上氏は
彼の代で57万石にまで成りました。
・・と書くと苛烈なイメージになりますが、義光公の逸話を読んでいると、
無駄な殺戮や土地を荒らして領民に負担をかけるやり方を出来るだけ避けていたと思われます。

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by yappu425 | 2011-10-17 16:37 | 東北
蔵王・御釜
仙台から山形へ電車で移動。
JRでは、蛍光灯の4本に1本が「節電のため」外され、比較的明るい区間では車内灯も消されました。
そのままトンネルに入り、暗闇の車内に悲鳴が上がりましたが・・w
山形駅前は何というかもう長閑で、姫路より田舎だ!凄く落ち着く!
交通量も大したことないので、これなら私でも運転できそう。明日の蔵王が楽しみだな~。

・・と思って翌朝レンタカー屋を訪れたら、ぎゃーー!!免許証がない!!!
その時、脳裏に自宅の複合機に挟まった免許証がはっきりと浮かびました。何してんだそんなとこで!
こういう勘はまず当たるので紛失の心配はしてませんでしたが、さすがにショック・・。
多分運転してたら悪いことがあったに違いない。

・・気を取り直し、バスで蔵王・御釜まで行って参りました。
とりあえずバスに乗れてよかった。一日一往復だけだったので、立ち直るのが遅かったら間に合ってなかったよ。
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バスの中からは虹が見えた!自分で運転してたら写真撮れなかったよ!

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by yappu425 | 2011-10-07 22:20 | 東北
青葉城址
また間があいちゃった。仙台続き。

伊達藩といえば仙台・青葉城址にも行ってきました。
政宗は本当はつつじが岡(現在の榴岡公園)にお城を築きたかったそうな。
とはいえ既に徳川の世、幕府の許しなしには城普請は出来ない時代になったため、お伺いが必要です。
何せ色々悪巧みしっぱなしの人なので、希望が聞いてもらえるとは考えにくい。
そこで「第一希望・青葉山、第二希望・つつじが岡」と提出したところ、
すんなり第一希望が通ってしまったとか。
考えが読まれたんだろうか。

せっかくの政宗自慢のお城も、地震や明治政府の意向、第二次世界大戦の空襲を受けて
江戸時代の遺構は全てなくなってしまいましたが、在りし日の姿を想像しつつ上るお城というのも
悪くない気がしました。

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月と政宗。
ちなみに、「荒城の月」の歌詞のモデルはここ、青葉城址です。
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脇櫓。震災で倒壊したとのこと。
石垣も一部崩壊したとのことで、車は通行不可の場所がありました。

政宗像は本丸の跡地に立っており、そこからは仙台市が一望できます。海も見えるよ。
敷地内には靖国神社や青葉城資料館がありますが、時間が遅かったため入館できず残念。
ちなみに仙台市博物館にある政宗の兜は、あのダースベイダーの兜のモデルになってるんだよ。

おまけ:
広瀬川から見た夕焼け(?)。こんなに空に放射線が入ってるの、初めて見た。
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by yappu425 | 2011-10-05 00:04 | 東北