ただいま思索中  姫路城ラスト
今回は工事を離れ、雑多なことでも。
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工事中の現在、従来とは順路が逆になっています(一部通行不可もあり)。
普段なら最後に見るお菊井戸に初っ端に出会うのでぎょっとしました。
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姫路城といえばお菊井戸。
播磨地方ではあの有名な怪談は「播州皿屋敷」といい、
お菊さんはこの井戸に住んでらっしゃったと言われています。
数年前、関東では「番町皿屋敷」といい、江戸での伝承話だと聞いて吃驚しました。
貴方の地域ではいかがでしょうか?
なんとなく井戸は異世界に通じていそう(ドラクエも犬夜叉も古くは小野篁も)なので、
井戸を行き来して江戸と播磨両方に出たんじゃないかという気がするのは私だけでしょうか。

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扇の勾配と呼ばれる石垣。
熊本城の武者返しに比べ、狭いところにあります。写真撮りにくい。
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雑兵の気分になって眺めてみる。
見上げると壁際に隙間があります。
ここを石落しと言い、中の兵士がここから石だのお湯だの降らせてきます。
真田は糊状にした熱々のおかゆをぶっかけたとか。恐ろしい発想。
どこのお城だったか、敵に上らせまいと石垣に筍の皮を敷き詰めたそうな。確かにつるつるします。
敵はそこに火をかけ、お城は炎上したそうな。確かによく燃えます。
姫路城の美しい姿が今でも見られるのは、一度も敵に攻め込まれたことがないからこそです。
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瓦(に埋め込まれた家紋)が好きなので、目にするたびについ撮ってしまう。
池田氏の揚羽蝶は不気味です。
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今まで一度も見つけられなかった本多葵を発見!
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酒井の剣片喰(けんかたばみ)に秀吉の桐、榊原の源氏車、池田の揚羽。
ちょうちょは上のものと向きが違っていて、こっちの方が古そうに見えます。


今回お城をぶらぶらしながら考えていたのですが、葵の門から内側(今風にいうなら有料エリア)に
常時住んでいる人はどの位いたのでしょうか?
戦国時代と江戸時代では当然変わるでしょうが、とりわけ戦国時代。
殿様は天守閣の中にずっと住んでいたんでしょうか。
天守閣って大きい大きいと言うけれど、居住空間だと考えれば結構狭いよね?
あとあの急な階段。
武具を着てなくても昇降するのってかなり大変だったと思うんですが、
太平の世になってもう少し傾斜の緩い階段にしようぜ、という発想は出なかったんでしょうか。
改築は幕府の許可がいるから面倒だったんでしょうか。
申請したら平和ボケしてる発想だと幕府に怒られたんでしょうか。
もう一つ、よく戦評定したり出陣前に鬨の声を上げてる間はどこなんでしょうか。
ずっと遺構(文化遺産)としてしかお城を見てなかったのですが、
生活の場だと思って見てみると分からないことだらけです。
いつもと違う発想してみるって大事だね!

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なんとなく子どもが親にしがみついてるように見えて可愛い子天守。もとい小天守。

というわけで、姫路城編、これにて終了!

※追記※
お城博士・うじょう先生からご指摘もらいました。天守閣は居住空間じゃなかったんですって!
結局立て籠もる場でもなく、住む場でもなく、権威の象徴だったそうな。
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by yappu425 | 2012-03-02 21:14 | 兵庫
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