立石寺 最上義光公霊屋
立石寺は清和天皇の勅願により860年に建立されました。
最上氏は清和源氏の血筋、当然このお寺を大切にしています。
現在の根元中堂は1356年に最上家初代の斯波兼頼が再建したものです。
(写真撮り忘れた)
義光公も領主となった1570年に「謹言上」と題した誓約書を立石寺に宛てて送っています。
いわく「立石寺一山内に天台宗以外の宗派が居住することはあってはならないと考えます。
その上、何事も威徳院の住職と私が相談して調えること相違ありません。
よってこの通り書状を差し上げます」

生涯にわたって領内に寺社を多数建立し、多くの石高を寄進した義光公が、
立石寺の庇護は自分の名に懸けて行い通すと宣言した文章で、現在も立石寺に残っています。
※でも別に宗派は天台宗って訳ではなかったらしい。
 本人の菩提寺は曹洞宗だし、奥さんと娘の菩提寺は一向宗。
 「別に宗派は気にしない」と言ってた、と何かで読んだんだけど思い出せない。残念。

そんな義光公の霊屋(おたまや、と読みます)が立石寺内にあります。
霊屋とは葬儀を執り行うまでの間、ご遺体を安置しておく場所で、菩提寺と同等の扱いを受けるとか。
ちなみに仙台の甥っ子・伊達政宗の霊屋はこんな感じ。本当に水平取るの苦手ですいません。
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山全体が聖域として保存されている上、付近の住所は「霊屋」でびっくりしました。


対して義光公の霊屋は・・
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しょぼーん
「見逃すほど目立たない」「昔は物置にされていた」「扱いがひどい」と事前情報を得ていたので
見つけられたけど、そうでなければ気が付かなかったと思う。
政宗の様に派手にしろっていう気はないし、それは雰囲気にそぐわないと思うんだけど、
なんかもう少し「大切にされている」感を出してくれてもいいんじゃないの?
これでも有志による嘆願等で整備されたらしい。
正直、泣けました。
萩の花が咲いていてくれてよかった。本当に良かった。

立石寺、嫌い。

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上から見下ろした図。工事中の建物が中性院。この資材をどうやって運んだのか凄い。
霊屋はその向かい、お墓の奥です。
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by yappu425 | 2011-10-24 17:51 | 東北
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