奥羽の虎将
今回の旅の目的は「東北で無駄遣い」と「最上義光公の足跡を訪ねる」でした。
最上義光って誰?という方も多いと思うのでご紹介。
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最上義光(もがみよしあき)公は出羽ノ国(山形)最上氏11代、山形藩初代当主です。
妹の義姫が伊達政宗の母ちゃんです。
足利に連なる由緒ある家柄なものの、東北の小国の一つに過ぎなかった最上氏は
彼の代で57万石にまで成りました。
・・と書くと苛烈なイメージになりますが、義光公の逸話を読んでいると、
無駄な殺戮や土地を荒らして領民に負担をかけるやり方を出来るだけ避けていたと思われます。




領土の拡張においては、無駄な合戦は出来るだけ避け、策を練って要の人間(領主や有力武将)だけを
落とす(恭順させる 或いは暗殺する)方法を採りました。
なで斬り(皆殺し)の類は一切行っていないし、降伏した将を殺すこともほとんどなし。
逆に重臣として用いることが多いです。

戦のあとは税率を出来るだけ下げて領民を大切にした結果、
義光公統治下では一揆は一度も起きなかったといわれています。
産業の発展のためにも尽力しました。
紅花栽培を奨励し、河川工事を断行し、庄内平野を東北随一の米どころにしたのも彼の代です。

関ヶ原後の山形城改築の際も、臣下から「天守閣を再建すべき」と進言を受けても
「平和になった時代にそんなもん作って領民に負担かける必要はない」と聞かなかったとか。
暇つぶしにお城の掃除してて他国の使者が驚いたり、
57万石のほとんどを臣下に与えて「友達君主」と呼ばれたり、
難航した工事に従事する人達を鼓舞するために、夜中にこっそり金の入った壺を現場に埋めて、
翌日見つけた工夫たちに「お前たちが見つけたんだから取っとけばよい」と知らぬ素振りしてみたり、
何でこの人が冷血漢扱いされるの?と思うほどの良い殿様。
私、最上義光公が一番好きな戦国武将なのです。

義光公は「権謀術数に長けた狡猾な武将」みたいなイメージが強く、
まともに評価されて来ませんでした。
「独眼竜政宗」でも原田芳雄演じる義光公は悪役に描かれてたようですね。
どの大名にも言えることですが、断絶した家は資料が散逸しているため当時の様子を記す
手がかりが少ない上、存続した家の顔を立てるために悪く書かれがちですが、
最上家も多分に漏れずそういう扱いでした。
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山形でも彼を嫌う人はいるらしく、銅像建立の際は紛糾したとか。
元最上義光歴史館事務局長の片桐繁雄氏の著書に
「彼に対する誤解が『こんな人物が山形を代表するなんて恥ずかしい』と、
地元に誇りを持てない原因になっている、だが実情を知ってもらえば彼の偉大さが分かり、
彼を生んだ山形に誇りを持てるはず」とありますが、
少しずつ認識が改善されていけば良いなと切に願います。
紛糾の結果建てられた銅像は、他国のどの武将の銅像よりもかっこいいと思います。
まじで。贔屓目にではなく。

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ある日お食事中の義光公の膳に猫が忍び寄り、食事をかすめ取りました。
驚いた近習が猫を追い払おうとすると、義光公はそれを制し
「畜生に分別はない、お腹がすいていたんだろうから許せ」とそのままにしておいたそうな。

そんな逸話が残っているそうですが、彼の居城跡に建てられた銅像の周りはいつも猫だらけ。
私が訪れたときも5~6匹の猫が周りで寛いでいました。
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by yappu425 | 2011-10-17 16:37 | 東北
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